株式会社スカラベ   阿部の日記
 
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   Diary 2002. 12
 
12月4日 (水)  Y氏への手紙

 先日、CPにてお会いいたしました生涯学習開発財団評議員の阿部でございます。
お約束させていただいた「飲用宙石」を同封しましたのでお試しください。水道水に一日浸漬するだけで美味しく安全なミネラルウォーターができます。塩素も分解され備長炭よりまろやかな味になります。また浴用パウダーも同封しましたのでご愛用ください。弊社の他、銀座プランタン、ナチュラルハウス各店、ハンズなどで扱って戴いています.
利用方法は別紙チラシにありますのでご覧下さい。

私達は本年四月に東京農大の進士学長を理事長にNPO法人 日本園芸福祉普及協会を立ち上げ「花や野菜を楽しく育てることで、幸せな社会をめざす運動」を展開しています。(私は理事で事務局は弊社スカラベ内にあります)昨年は農水省,厚生労働省の後援を戴き三重県で第一回園芸福祉全国大会(450人)を開催し本年は11月に第二回大会を長崎県にて700人を越す来場をいただきました。
その時の参加者は多岐に渡っています
市民農園グループ,ガーデニンググループ、医療グループ、介護グループ、障害者福祉グループ、都市計画・街作りグループ,都市農村交流グループ、青少年教育グループ、生涯学習グループ、環境保全グループ、機器グループ、セラピストグループ、他

「分化・専業化・均質化」を繰り返してきた高度成長社会の転換点にあたってこのような
多岐に渡る人々の参集は必然であるような気がします。心身がどこかで、総合的で実感が得られ安心できるものを求め合っているのだと思います。
協会が14年10月に行った「首都圏主婦の草花への接し方動向調査」では90%がガーデニングに取り組み80%が「地域への花や緑の普及活動」への関心があり60%強が「園芸福祉」による交流参加に意欲あり――と回答しています。

縄文以来、日本文化の底流を育んできた「農」文化は、生命がいかに大きな自然の巡りに支えられて存在し、また、私達一人一人がどの様に他者や社会や国家を必要としているかを理解させてくれます。自然も社会も二つともそれ無しでは生きていけない大切なものだと芯から感受できることは重要な事だと思います。それは「学習・教育・知」の根っこを作ることだと考えていますがいかがでしょうか?国も循環型社会の実現をめざしている21世紀にあって、私達は現代の暮らしを支えてくれている工業文明のあり難さと、地球環境持続との折り合いをつけながら「21世紀が必要とする人・地域社会・国づくり」の一助になれるよう日本園芸福祉普及協会を成長させたいと願っております。
長崎大会には50名以上の農業高校生も参加してくれました。彼らは、福祉や街作りなどへの参加をする中で,農業の多角的役割が社会の現場で息づく事の喜びを伝えてくれました。
「園芸福祉普及」には厚生労働省,農水省だけでなく文部科学省,国土交通省,環境省,経済産業省の視点を、総合して展開していくことの重要さを痛感しております。
ぜひとも、ご指導賜りたくお願い申し上げます。
ご健康を心よりお祈りいたします。
                スカラベ  阿部憲一 拝


地図は無いけれど−大地はある

このところの日経新聞には示唆される事が多い。本日は「デフレが蝕む−裏切られる経験則」に教えられた

旧共産圏が崩壊し「経済圏のボーダー」が消滅へ向かってから、世界経済はデフレへと突入した。さらに中国が世界の消費物資の生産拠点化し拍車がかかっている。
そうさせている、とうの中国でさえ消費者物価が下落している−とある。@外資の進出、A都市への安価で大量の労働力の移動,B緩和された通信、C航空価格の下落Dとうもろこし,小麦の政府高価買入価格の廃止。--が原因と書かれている。
また「インフレの世紀−むしろ例外」とあり。19世紀の物価は1870年頃まで安定していた。(江戸時代も300年のほとんどが安定していたそうだ)。それが、1870年頃より、蒸気船による交通網の発達(大量物流)と植民地の拡大(安い製品)でデフレになった−−と書かれている。いわれてみれば納得するが、「知らなかった!」

現在 WTOでの世界貿易ルール作り,航空・航路の「整備」などで
世界中で地産地消のタガがはずれた。経済世界地図は長さという距離ではなくて、時間距離に塗り替えられた。製造国表示が広がり、身近に感じていた物が実はタイやスペイン産だったなんて事だらけで驚いたのはつい最近と思っていたら、瞬く間に、衛生通信、インターネットは時間距離をゼロにし、また個々の選択肢を驚異的に拡大した。経済はもとより政治,文化、社会にいたるまでアクションを起こせば瞬時に一体化するし、いやでも巻きこまれ関わらないではいさせてくれない。今までと比べられないほど世界は互いに影響しあうようになった。同時に、すさまじい激しいウネリに襲われている気がする。

そんな中で企業は、世界のどこよりも
納得できる製品を⇒安い経費で販売し⇒安く作り⇒安く届け⇒安い経費で回収する⇒そして大きな利益(金だけではない)を生む。−徹底した一貫サイクルを築かなければならない。
販売手法,生産手法,流通手法,回収手法の全てが大きく変化をしてきている。市場もライバルも世界規模で検証され、淘汰される。
注視すると、いままでの業界は崩壊し、新しい業際が生まれてきている。


今取り組むべきことは、「生き残りの模索」ではない。
@今まで無かった、A生活現場が求めている、Bトータルで行き届いたサービスを、C安価で徹底して提供するD成長する組織に「生まれ変わる」ことだ。

チャンスは結構ある。例えば「住宅」⇒
都市の住宅ではいくつもの問題点がある−−−@576万戸の空家、A増え続ける寂しい老人単独世帯,B使われていないもったいない部屋の増加 C相続税納税のために壊される立派な庭があり価値ある住宅(地)群、Dそれに替わり建てられる矮小で陳腐な住宅。E構造,断熱、日照,遮音、収納への不安不満ある賃貸。F無け無しの資産評価の下落。G税も含め高い売買コスト。H返せないローン地獄の到来−−−−等を商売の「芽」とし「宝」にかえる事が求められている。

銀行,生保,不動産、建設を始め、ほとんどの業界は、飲みすぎ食いすぎ、騒ぎながら「事業」を拡大し、ゴルフと談合交流で互いを守っていたのが、インフレの終了で脳溢血を起こし不随体を引きずっている。今も、根本治療はせずにいるから自然治癒力が失われたまま自力回復していない。
新市場の開拓,創設に全力を賭けなければいけないときに、保守保身から脱皮できていない。いまだ、社内・社外の狭い談合保守体質の中で蠢いている。そこでは、いくら努力しても浮かばれずへたってしまうだろう。家そのものが地震で倒壊しそうなのにテーブルの下に隠れるようなものだ。
自分の着ているものも企業の枠も脱ぎすてて視れば、世界は、必要としている厳しくも美味しい事業にあふれている。一律に皆が手を引いてしまった所には、きちんと診れば「宝物」があるはずだ。大局を見極め、どこでどう生きるかを決定する時期だ。
大事なのは、なによりも熱意と体力。次には「知識」ではなく知恵だろう。
踏査され描かれた地図はないけれど未知の大地は広がっているのだから


逆浸透膜水

NASAが宇宙飛行士ように開発した逆浸透膜(RO)浄水機は大腸菌も塩素も除去するので日本人にわりと受けがいい。なんか清潔と思うのらしい。でも、とうの飛行士である毛利さんは「とてもまずくて飲めないので塩を添加して飲んでいた」そうだ。カラダに必要なミネラルまでとってしまうのだから、味覚センサーは「体に良くない」と判断するのだろう。
アルカリイオン水も極端なORPにしマイナスイオン側のミネラルを除去するので、体にとってはバランスが良くない水といえる。二つとも毎日使う水ではなく、特殊な水だ。


12月9日 (月)  欲望・記憶の涯

 記憶には得意不得意がある?
「やってあげたのに」「あんなに尽くしてあげたのに」「サービスしてあげたのに」と、したほうは忘れずに良く覚えているが、してもらったほうは、ほとんど忘れている。その比率は97対3ぐらいじゃないだろうか。「施す」ほうが「施される」より幸せと言うインドの考えは正しいのだと解る。
逆に、苦しみの記憶と幸せの記憶だとその残像は90対10の留まり方か。不景気感と好況感では80対20と言ったところか。

この感情ギャプの蠢(うごめき)は、
エネルギーになって社会を突き動かしている。「もっとして欲しい」「もっと幸せが欲しい」「景気がもっと良くなって欲しい」⇒「欲望」は生きる根源力といえる。記憶は欲望に従っているのかもしれない。

もしかしたら?きっと?  とっても充分過ぎる時代なのに、我々は
なんの因果で「もっともっと」と欲望を膨らまし続けるのか?ともかく過剰なことはたしかだ。だからと言って止まりそうにも無い。
「もう充分!もうこれ以上は結構!」と感じたら記憶と欲望はヒフティーに近いバランスになるのか?? なるかもしれない。しかしそれは個々の衰弱と死の直前の表情だ。あるいは、ほんの一瞬の「悟り」だろう。行きつく所まで行くしかない! 行きつく処はワカラナイ。
自然とか地球や宇宙の大きな波,リズムがそのように出来ているのだから受け入れるしかない。
生命も存在する全てもフラクタル(同型)に出来ているのだから。
なにか、ありがたいような寂しいような運命だ。

般若波羅蜜多心経   
おん。あぼきや。べいろしやのう。まかぼだら。まに。はんどば。じんばら。はりばりたや。うん。     合掌


12月12日 (木)  広島 臨床実験 報告

 昨晩、広島から帰ってきました。「広島国際大学」の吉長先生のご好意で同校の石井先生にもご協力いただき、宙石の臨床実験をしてもらいました。

実験は二種類。一つは宙石シートに手を当てて宙石が入っていないシートと温まり方がどのように違うか。もう一つは宙水枕とただの水枕では脳波の出方の違いがあるだろうか。

実験は始めにサーモグラフィーを使って手の温まり具合を調べました。まず私が検体になりベットへ横になって手の温まり具合を調べようと試みました。ところが、本番に弱いせいか意識すると手が温まるどころか冷たいまんま。みんな寒いところでひたすら私の手が温まるのを待っている状態が続き、結局、青木は検体失格となってしまいました。代わりは吉長先生にゆだねられました。

吉長先生の手の温まり方を見ていると大きな差はないようでした。ところが、翌朝、先生がデータの分析をして下さったところ、ただのシートは温まっても安定して持続的な温まり方はないのですが、宙石シートの場合、ある程度温まるとその温度が長期的に持続する傾向にあるという結果が出たそうです。つまり、適度な状態の温度が安定して持続するようなのです。

宙石シートは電気毛布のような強い温まり方は感じないのですが、ほんのり温かいというか、長時間していても疲れない温かさがいいのだと思いました。気持ち良い温度が持続すればリラックス効果もあると言えるでしょう。宙石シートをしていて安心感があるのはそんなところに関係するのではないかと感じました。

また、脳波の実験ですが、阿部社長が検体となり行われました。こちらは専門家曰く、特別興味あるデータは得られなかったようです。残念。

吉長先生がおっしゃるには、人間の感覚というのはとても微妙で、体感できるのは確かなのですが、それを必ずしも数値で表せるとは限らないそうです。もっと違う角度で評価できる見方があるのではないか?そんなことも伺って、これでダメなんてことはないんだとホッとしました。宙石に対する飽くなき探究はまだまだ続きそうです。良かった。

吉長先生・石井先生・写真撮りなどで活躍して下さった松浦さん、大変お世話になりました。今後とも宜しくお願い致します。


12月16日 (月)  入浴用PR

 宙石浴用パウダーを使ってくれた方の90%は「すごく良い。塩素の嫌な臭いが消えるし、肌がすべすべに感じ、また体の芯から温まり、気持ち良い」と言ってくれます。ただ売っていただいているお店からは、もっと解りやすく眼を引くパンフを作るように言われています。折角良いものなのにもっともっとアピールしたらと励ましてくれます。
そこで、皆さんにお願いです。
どんな表現でどんなものを作ったら良いのか、ご意見,ご提案をいただけないでしょうか。


「農」地の生かし方について

13日の読売新聞ー「食の安全・現場レポート4」に北海道足寄町の乳牛農家 佐藤智好さんが牛を1年中広大な牧草地に、朝晩の搾乳時以外は放牧し、牛舎に入れるのは冬の夜間だけーと報告している。
それまでは、「牛舎で濃厚飼料を大量に与え,たくさんの乳を搾ろうしていたが,牛が病気がちであったし設備投資に多額の費用がかかっていた」のを⇒放牧し、牧草飼料にきりかえた。
そうしたら、乳量は1年1頭あたり10000KLから7500KLに減ったが飼料代や医者代が1/3に減り黒字になった。その上、餌やりや糞尿の始末にかかる時間も減って、時間的な余裕が出来た--とある。
自然の摂理を無視した大量生産は、目先は良いように見えるが飼料商社や米国を太らせ農家は赤字を負い、牛は病にかかり獣医が忙しくなる結果をもたらせた。
5年前ドイツの有機無農薬で小麦生産をしている農場を見学した時「農薬や化学肥糧を買わなくてすむので、また高めに売れるので有機農業のほうが経営が楽だ」と言われ驚いたことを思い出した.
自然とは長い長い時を繰り返してきた「自ずからしかるべき在り様」のことだ。人の卑小な知識で逆らい歪めることは出来ないんだな--と改めて納得する。自然の摂理の声を聞きながら従い、「自然との共生とか共鳴」あたりで謙虚に手を打って「後はよしなに、よろしく!」とお願いするしかない。自然が生み出す《無限》からみたら人間が自然のリズムに逆らって作り出すものは本当にちっぽけで卑小だ。科学は自然から学び,自然の摂理を探ってきた。
市場主義経済とか消費型社会とか過剰競争社会は,地球が自浄出来ないほどの汚濁物質を撒き散らし大気・大地・水・生命体の内外が傷んでいる。子供の40%がアトピーで青年の45%は成人病と人体の病みは深刻だ。
それでも生き、毎日我々は暮らしている。100年前100年後の人達=先祖や子孫達が見たら、また宇宙から眺めたらどのように映るにだろうか。「あれだけの技術や道具があれば皆が楽に暮らせるのに人間のゴウはやるせない」と私だったら思う.

冬に夏野菜,春に秋野菜--そんな珍しい物作りで振りまわされるのでなく、生産者・消費者ともども、健康,環境を考え、旬の力に満ちて美味しく安い野菜を求め始めている。

季節を感じ、空・風・光・大地・水・生命を味わい共に在ることが如何に大きく自然な生き方かに気付けば、「不景気・リストラなにするものぞ!」と勇気が湧いてくる--気がしないだろうか?
日本に限って見ると、1.000.000ヘクタールの田圃が減反されている。一方、野菜・果樹は80%が輸入に依存している。それなら減反田で野菜・果樹を作れば良いじゃないか。ところが減反には農家に「見かえり賃」がある,また田んぼに比べて畑は手間がかかるし畑作物は相場も変動し易いので経営が成り立たない。(ブルトーザーで潰されるキャベツはテレビで何度も見た)、安い輸入野菜には勝てない。したがって放っておいた方が農家は楽.農地の保有には税金が掛からないしお上と農協がどうにかしてくれてきた。 現場を見ると、山奥の田圃にまで税金で農業用水が引かれているのに使われていない。なんかおかしい!と思う。
今は不景気でリストラだの倒産だの閉鎖だのと人余りとなっている。これはしかし,今だけではなくしばらく続くことだろう。人手と時間はある。ボランティア参加希望者もたくさんいる。だったら、「みんなで自分の食う野菜・果樹ぐらい自分達で作れば良い」と思いませんか?そうすれば、農家の業としての大変な農業と違って楽しみながら美味しく新鮮て安全なものを自給自食でき国の食糧自給率も大幅向上し!アメリカや中国からの農薬漬け(日本の農産物もそうだ)ものを食べないで済む.船や飛行機輸送も減り環境にも良い。有機無農薬は手間がかかるから暇を持て余すことも無いし,他人様の役にも立つ。曲がったキュウリや少し虫の食った葉物も捨てずに丸ごと食べてもらえる。また、植物も天候もなかなか思うようにならないから頭も体も使うし、一人より仲間でやる方がずっと良いので面白いコミュニティーができる。お上もいずれ減反見かえり賃は出せなくなるといい始めた。それなら農地を「遊び農」をやりたい奴に貸したり売ったりすれば良いが農地法はそれを許さない。⇒農地法を変えれば良い。⇒だが農水省がもつ農地利権を国土交通省や環境省などとトータルに見なおすには幾重の難関がある。まだまだ良いことも、問題もあるだろうが、これは、国をあげて真剣に取り組む価値があると思いませんか?
これは園芸福祉の重要な側面だと改めて考えています。
山林原野をつぶして農地や住宅地を作り,海岸をつぶして工業用地などを作ってきた20世紀。が人口も減り高齢化がいっきょに進む21世紀は「都市に農地を」「山林原野,海岸の復活を」実現し,「兼業農家」から、楽しく実益ある「兼業サラリーマン」「国民総農漁村遊民」化で大きなワークシェアリングができたら「良い国」になると思う。
皆さんのご意見をお待ちします。


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